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めぐママめぐママ

前回、中学生、高校生編を書きましたが、書ききれていない、一番ひどいと思っていたことをこちらで書きます。
それは高校生のときに亡くなった義理の父のこと。

 

本当に働き者でわたしの母と結婚しなければ、もっと長生き、幸せになれたのではないかと今でも思います。

今回は義父のこと、なくなってから毒親の元で一人っ子のつらさをさらに味わったことを書くので、ご覧いただければと思います。

 

 

毒親と一人っ子はつらい!義父が亡くなる不安

毒親と一人っ子はつらい!義父が亡くなる不安

毒親と義父が再婚したのは小学生中学年の頃。
この義父がめちゃくちゃ人が良くて、実母に振り回され続けました。

 

で、義理の祖母には最初から実母の正体がばれていたのか、ただ単に意地悪だったのか、実母は結構いじめられていたので、それはかわいそうだったかなと思います。

でも、やっぱり、実の息子が振り回されていてはそうなりますよね。

 

とにかく義父は人が良く、実母に振り回され、休みなく働かされ続けました。

 

高校生のときに義父が倒れる!一人っ子のつらさが前面に出る

高校生のとき、義父が倒れました。
詳しい病名を言ってしまうと身バレするので、詳しい病名は控えさせてください。

 

まあ、ここまで書いているとばれる可能性はありますが…。

深刻な病気+過労も加わって倒れたんです。

 

病院に行ったときはすでに手遅れでした。

確か余命半年くらいだったかと思います。

 

体に異変が出ていても、病院に行く暇がなかったせいもあるでしょう。

義父は休みなく働いていました。

 

実母はというと専業主婦。

 

しかも、家のこともろくにできていません。
また、お金もないのに好きなことにお金を使うというひどい有様。

 

その姿を見てぞっとしたものですし、今現在の自分がそうなっていないか気になってしまいます。
ちょっと金額が高いものだと夫にお伺いを立ててしまうんです。

 

でも、夫は「そんなの聞かなくてもいいのに」という程度。
たぶん、他の人からしたらいちいち聞かなくてもいいんじゃない?という金額なんです。

 

これは実母の姿をみて、「無意識にお金を使うとああなる」と刷り込みされているんだと思います。

話がそれましたが、実母は働かないで使うのが専門だったせいで、入院費もなかったです。

 

結局、叔母にお金を借りたのでしょう。

義父もおそらく自分が長くないということはすぐに分かったと思います。

 

結局、義父は半年くらいで亡くなりました。

精神的に頼れる人間がいなくなり、不安は募るばかりでした。

 

案の定、わたしの身にはぞっとするようなことが降りかかってきました。

 

義父が亡くなると毒親の実母の依存が一人っ子のわたしへ

義父が亡くなるとすぐに実母の依存が一人っ子のわたしにスライド。
当然といえば当然の結果かもしれません。

 

ただ、このとき、わたしはまだ高校生だったので、依存されても困ります。
精神的に参っている上に、兄弟もいない一人っ子のわたしに頼られても…。

 

また、一番の問題は収入面。
冷たいと思われるかもしれません…。

 

一応、遺族年金などが入ったので、収入0ではありませんでしたが、当然、足りないですよね。
だから、叔母にお金を借りていたようなんです。

 

毒親を持ちながら就職か進学か迷う

はっきり言って、毒親がお金にだらしないこの状況なら就職ですよね。
でも、その頃はなぜか進学しました。(もしかしたら叔母に言われたのかも…)

 

なぜなのか…自分がバカすぎだったのでしょう…。
ただ、就職しても収入を食いつぶされただけだろうなと思います。

 

このとき、進学先を勝手に決められ、先にお金を払われてしまいました。
見学に行っただけなのに。

 

ちょっと特殊な学校だったので、このあたりのシステムもちょっとと思いますが。
一応、希望の分野の学校だったのでまだよかったですが、もう少し考えたかったです。

 

進学すればお金はない【叔母のところに居候】

進学すれば当然お金はますますなくなりますよね。
まだまだ甘い考えだったわたしは進学を決めましたが、当然、生活できません。

 

最初は実母と二人で暮らしていました。
でも、お金がなく叔母に頼ったんでしょう。

 

で、結局選択したのが叔母の家に居候。
実母も一緒でした。

 

叔母の家は広いので間借りさせてもらえましたが、掃除、洗濯、炊事をしなくてはいけません。
実母がやっていましたが、掃除、洗濯は苦手だったので怒られていたようです。

 

それでも、わたしは快適に過ごせました。
学校も遠かったのでほとんどアルバイトはできなかったので助かったことを覚えています。

 

けんかも多かったですが、叔母には感謝です。

 

居候しているのにお金の無心は神経を疑う

居候していたのに叔母にお金の無心をしていました。
学費がどうとか、教科書がどうとか言っていたのを覚えています。

 

ただ、学費と教科書は

 

☑奨学金を利用。

☑アルバイトからまかなっていた。

 

おかしいな…と思いますけど。
また突っ込みを入れるとキレられるので、結局、何も言えませんでした。

 

なので、わたしへの叔母の風当たりも厳しくなった時期でした。
仕方ないことですよね。

 

諸事情により学校卒業できませんでした

ちょっと学校の諸事情により卒業までに至りませんでした。

 

お金をかけていったのにちょっともったいなかったです。

ですが、後々、少し仕事で活躍できた分野だったので良しとします。

 

それでも卒業後に勉強した部分が大きかったかもしれません。

 

まとめ:毒親の元での一人っ子はかなり厳しい!

まとめ:毒親の元での一人っ子はかなり厳しい!

まだまだ吐き出したいことあるんですが、かなり長くなってしまうので、いったん、学生編で締めたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

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