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先日、ツイッターでうちの実母が毒親だったことを明かしました。
この記事を書こうと思ったのはフォロワーさんの一人、ミカコちゃんがブログで告白しているのを以前、読んだから。

 

すぐに行動には移せませんでした。
でも、結構、こういう話って、今、悩んでいる人にも気付いてほしいということもあり、書くことを決めました。

 

また、わたしが本当につらかったのが一人っ子で父親がいなかったこと。
毒親だったので、頼れる親戚も叔母のところだけでした。

 

でも、頼れる叔母がいたこと、これが毒親を加速させた感じです。
ちょっと長くなるので小学生編、学生編、大人編で分けてお話します。

 

また、わたしが実母への対策も今後紹介してく予定。

もし、あなたも毒親に悩んでいるなら、参考にしてもらえると嬉しいです。

 

わたしの母は毒親!周りも逃げられない?シングルマザーだけど家計を支えていたのは母ではない

わたしの母は毒親!周りも逃げられない?シングルマザーだけど家計を支えていたのは母ではない

子供の頃は片親という家庭でした。
シングルマザーだったら、さぞ大変だったろう、育児頑張ったんだろうねと普通はなると思います。

 

でも、そうではなかったんです。
もちろん、多少は働いていました。

 

ですが、一人で働いたお金でやりくりできるほど稼いでいなかったというのを後日、叔母から聞きました。

 

叔母が援助したことで金銭的に頼りきりに

後で知りましたが、現在は亡くなった叔母が逃げずにかなりの金銭援助をしてくれていたんです。

叔母のうちはお金があったので、援助しても問題なかったようです。

 

でも、これがいけなかったと思います。

本当に申し訳ないし、余計な苦労を掛けてしまったなと思っています。

 

それでも、お金を借りれたことで、母が味を占めてしまったようなんです。

叔母はお金持ち=お金を出してくれるのが当たり前と思ったらしい。

 

毒はわたしに吐くだけでなく、周囲にも大きな迷惑をかけ、母に関わったら逃げられない状態にしていたんです。

 

親戚中でも噂になっていたようです。現在親戚とはほぼ絶縁状態

お金を借りることは当たり前、お金をどうにかして借りようとするのが恥ずかしいと思っていないのが問題でした。
叔母には本当に感謝していますが、この金銭トラブルのせいで、親戚中でもおそらく噂になっていたんでしょう。

 

一度関わったらまずい、逃げられないと思っていたと思います。

ちなみに、わたしの親せきはお金持ちが多かったです。

 

でも、一切、援助はなく、関わってくれたのは叔母だけでした。

わたしが物心つく頃には親戚とはほぼ絶縁状態。

金銭的に援助してくれていた叔母のみ。

また、叔母とは付き合いがあったので、法事などには声がかかっていたようです。

 

その法事に出席したことがあるんですが、親戚の方へこちらから挨拶をしても挨拶を返してもらえませんでした。

わたしは何もしていません。

 

でも、母の娘ということで完全無視でした。

子供心に居心地が悪かったのを覚えています。

 

わたしの母は毒親で逃げられない!再婚したいがためにわたしを利用する

わたしの母は毒親で逃げられない!再婚したいがためにわたしを利用する

母はわたしが赤ちゃんの頃に離婚をしました。
どういった理由かはわかりません。

 

でも、おそらく、自分勝手な理由でしょう。
離婚する際も自分で話し合いを一切せず、叔母にすべて処理させていたそうです。

 

これもかなり後で聞いたので、小さい頃~学生の頃はわかりませんでした。
そのあと、シングルで頑張っていたのならいいんです。

 

でも、再婚相手を見つけようとわたしを利用していたんです。

 

父親以外の男性と暮らすことも

この辺りは小学校1年生頃だったのでうろ覚えですが、父親以外の男性とも暮らしていました。
再婚したわけではありません。

 

しかも、ちょっと怖い男性でした。
何かわたしが気に入らないことをして、小学校低学年の頃に夜、家から追い出されたことがありました。

 

ワンワン泣いて、「ごめんなさい。ごめんなさい。」と言って謝った覚えがあります。
もちろん、相当悪いことであれば仕方ないと思うのですが、そこまで悪いことをした覚えはありません。

 

たぶん、それは正しいと思います。
その理由は…とても小心者でおとなしい子供だったからです。

 

今のツイートの発言からは考えられないと思いますが、友達も少なく、自分からかかわっていこうというタイプではなかったから大それたことはしないはず。

本当に人見知りだったので、つらかったです。

 

2人目の男性が再婚相手!毒親の実母からターゲットにされたら逃げられない?

覚えていないだけかもしれませんが、2人目に一緒に暮らしたのが再婚した義父でした。
再婚したのは良いんです。

 

でも、わたしを利用してつなぎとめようとしたんです。
これがひどいと思った。

 

まだ小学校2~3年生くらいなのに、電話でこの世からいなくなる的なことをわたしに言わせたんですから。
小学生にそんなワードを言わせるなんて…と思いました。

 

わたしはそのとき、「やだ、やだ、やだ!」と泣いた覚えがあります。
小さい頃のこういったことはよく覚えていますよね…。

 

再婚した義父は良い人だったけど母の言いなりに

その後、義父と再婚した母は大満足だったようです。
再婚した義父は本当にいい人でした。

 

だからこそ、再婚して不幸になってしまったなと感じました。
休みなく働かされてるのに、お金がない、お金がないなら母も働くべきなのに、叔母のところにお金を借りに行く…このお願いを義父にもさせていました。

 

本当に今考えるととんでもないことだなと思います。

 

わたしの母は毒親!逃げられないのに世話をまともにしてもらえない

わたしの母は毒親!逃げられないのに世話をまともにしてもらえない

わたしの母は毒親です。

なぜ、わたしという子供を産んだんだろうと疑問に思うことがありました。

 

小学生の時点でです。

 

小さい頃はわからなかった恥ずかしいこと

小さい頃はどういうことをするのが当たり前なのか、親から教えてもらうことが多いと思います。

わたしも気づかないのがおかしかったのかもしれないです。

 

でも、本当に恥ずかしいですが、お風呂もまともに入れてもらえなかったです。

かゆいという感覚はあったと思いますが、まともに面倒を見てもらっていなかったんだなということがわかります。

 

だからこそなのか、義父の母からも子供のわたしに嫌味、言葉によるいじめに近いものも受けていました。

 

また、「最低限のしつけ」もされていなかったと中学、高校生になってからいろいろ気づき始めました。

この辺りはまた別記事で綴らせていただきます。

 

わたしの母は毒親&毒妻で逃げられない!義父に仕事を辞めさせブリーダーに!

わたしの母は毒親&毒妻で逃げられない!義父に仕事を辞めさせブリーダーに!

義父は大手メーカーに勤めていたのですが、ここを母の指示でやめさせられました。
仕事を辞めて何をしたのかというと…ブリーダーです。

 

ブリーダーというのは犬の繁殖をする人のこと。
犬が好きな母が考えそうなことです。

 

好きな犬が飼える、子供を売ればお金になる…本当に勝手だなって思いますし、プロ意識がないなと思います。

 

小学生のわたしにほとんど面倒をみさせる!子供だから毒親から逃げられない

その頃のわたしはまだ小学校4年生でした。

わたしも犬が大好きだったので面倒を見るのはよかったです。

 

でも、ほぼ全部私が面倒を見ていました。

犬のご飯を朝に用意し、学校に行く。

 

帰ってきたら犬の運動をさせ、ご飯を用意する。

毎日、この生活でした。

 

しかも、この頃、田舎に住んでいたので学校まで片道約40分。

時々、義父が車で迎えに来てくれることがありましたが、ほとんどそれはありませんでした。

 

こんな生活をしていたので、友達ともあまり遊べませんでした。

一度だけ、友達の家で遊んだことだけは印象に残っています。

 

おそらく、この頃、友達の家に遊びに行ったのはこの1回だけだったのでしょう。

もちろん、友達を家に呼んだことは一回もありません。

 

だって、部屋中汚かったから。

 

この頃初めての家出をしました

それまでは当たり前と思っていたんですが、やはり4年生にもなると何かがおかしいと思い始めたんです。
友達ともあまり遊べない、家の仕事をわたしがする…ちょっとおかしいのかもしれない、もっと友達と遊びたい!と考えたんです。

 

何がきっかけだったか忘れてしまいましたが、この頃、初めて家出しました。
当てもないし、まだ子供、気が弱かったので強い意思を持つことなく決行したこともあり、すぐに家に戻りました。

 

もっと強い子だったらそのままいなくなったかもしれませんね。
でも、それはできませんでした。

 

叔母を悪者扱い・わたしに悪口を吹き込む

わたしはまだ判別がはっきりつかない子供。
そして、わたしにとって母が頼れる唯一の存在とも言えました。

 

もちろん、義父もいましたが、異性であり、再婚した父であり、なかなか小学生の頃は馴染めませんでした。
だからこそ、母が叔母の悪口を言えば、すべて信じてしまいました。

 

あれほど、お世話になっていたのにと今は思います。
お金を借りている…いや、もらっているのに、逃げるようにブリーダーをやるために引っ越し、連絡をしませんでした。

 

ただ、叔母はわたしのことを心配して、居場所は調べておいたそうです。
結局、ブリーダーはうまくいかずやめた後、やはりお金に困って、叔母を頼りました。

 

義父にも叔母に頭を下げさせたんです。

 

わたしの母は毒親で逃げられない!引っ越し魔の母に振り回される義父とわたし

わたしの母は毒親で逃げられない!引っ越し魔の母に振り回される義父とわたし

ブリーダーをやっていましたが、いい加減なことをやっていたこともあり、続きませんでした。
1~2年程度でブリーダーを辞め、家を引き払い、義父は普通に仕事を探して働き始めました。

 

引っ越しが嫌でも完全無視!

その前後も転々とあちこち引っ越しをしています。
義父と再婚前も引っ越しばかりだったんですが、この頃も引っ越しばかりでした。

 

当然、仲のいい友達なんか作れません。
引っ越しが嫌だといっても、聞き入れてもらえず、引っ越しの繰り返し。

 

ちなみに、転勤とかではありません。
ただ単に、母の気まぐれでの引っ越しでした。

 

結構、疲れましたね…。
わたしが母と引っ越しした回数は、覚えているだけで9回です。

 

さすがに転勤とかでなければ多い方ですよね。
これじゃあ、友達も作れない…。

 

この辺りまではそこまで暴力的なことはされていません。
ただ、大したことじゃなくても殴られたりありましたが、昔は結構あったことなのかなと思います。

 

最終的に叔母と同じ市に留まることに

その後、引っ越し先は叔母と同じ市内でグルグルするようになりました。
義父も転職を繰り返しすることもなく、同じところで働くことになりました。

 

これには少しホッとしたのを覚えています。

 

まとめ・わたしの母は毒親で逃げられない!小学生編はここまで

まとめ・わたしの母は毒親で逃げられない!小学生編はここまで

小学生編は過去の印象深いエピソードを出しました。
こんなの甘いよと思われたかもしれません。

 

でも、一人っ子というのは頼れるのは自分だけと言うこともあり、本当につらかったです。

実母だから逃げられない…というのが本当につらかったです。

 

叔母の養子になりたいと思ったし、普通の家庭が本当にうらやましいと思いました。

もちろん、それぞれの家庭には問題が大なり、小なりあるでしょう。

 

それでも、うらやましかったですし、一人っ子がつらかったです。
もちろん、兄、姉、弟、妹がいようとまともではない、母親と同じタイプであれば、益々、大変だと思います。

 

続きはわたしの母は毒親!学生編、社会人編、解決編で話そうと思います。
大きくなるにつれ、かなり深刻な状況になるので、どう対処していったのか、紹介していきます。

 

 

 

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