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親がヒステリーで頭おかしくなりそう!毒親の恐ろしさ

【実録】わたしの実母は毒親。ヒステリーがひどい?中・高校生編

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わたしの親はヒステリーがひどく、いわゆる毒親というものでした。

毎日、ヒステリーを起こす母親に頭を抱え、こちらもヒステリックになったのを覚えています。

ちょっと実際の出来事を紹介しますが、すべて紹介するととんでもない文字数になるので、衝撃的なもの、印象に残っているもののみピックアップしました。

今回も中・高校生編ということで、中学生から話をスタートしますね。

母親のヒステリーもひどかったなあとつくづく思った回でした。

 

母親のヒステリーがひどい?金銭感覚がおかしい

わたしの実母は毒親!ヒステリーがひどい?~中学に入っても金銭感覚は変わらず

うちの母親、金銭感覚がおかしいんです。

定期的に叔母にお金の無心をして、揉めてを繰り返していました。

で、お金を貸してくれないとキレて、ヒステリーを起こしていました…。

 

母親は考え方が完全におかしくて、お金があるんだから出してもらって当たり前と思っていたようです。

よくドラマで金の無心をする金持ちの娘や息子がいるじゃないですか。

こんな人いないよと思っていたかもしれませんが、それ、わたしの実母です。

叔母がいくら言い聞かせても、お金を貸したんだから返すように言っても、理解していませんでした。

 

逆にヒステリーを起こすんです。

諭すように冷静に話をしても、ヒステリーを起こすから話し合いにならない…。

ただ、叔母には申し訳ありませんが、ちょっとほっとしていた部分もあるんです。

まだ、この頃はわたしはアルバイトもできないし、お金の被害はほとんどなかったから。

実害があったのは、叔母にお小遣いをもらったら、取り上げられる、お年玉をもらったら取り上げられるくらいでした。

まあ、これは仕方ない部分があるのかもしれません。

ちなみに前回、親戚と絶縁状態と話しましたが、正確には義父の方の親戚は少し付き合いがありました。

義理の祖母が亡くなるまででしたが。

そちらの親戚の方からお年玉をもらっていたのだと…こちらもうろ覚えですが、とにかく、もらった帰り道に「ほら、お金、出しな!」と毎回、言われていたのを覚えています。

おそらく、お年玉を当てにしていたのでしょう。

その頃はお年玉の貯金は0円でした。

普通はお年玉って貯金してくれるものだと思うのですが、それはなかったですね。

まあ、わたしが病弱だったので、そちらにお金がかかったのかもしれませんが…。

ちなみに中学生でも、お小遣いはほとんどなかったと思います。 部活で交通費がかかるときだけ、お金をもらっていました。

 

反抗と暴力+ヒステリーの母親に手を付けられない

わたしの実母は毒親!反抗と暴力でヒステリー

わたしも中学生になると反抗的な態度を取るようになってきました。

そのせいもあり、母も少し暴力的な部分が出てきたんです。

で、キー!となってヒステリーを起こしていました。

ちょっとわたしもむきになるとヒステリーっぽくなることがあり、本当に毒親にならないか、いつもハッとします…。

でも、うちの親はまったく自覚がなかったんです。

 

わたしが反抗するとわめき散らす&顔面にものを投げつける

当時、母の言い分に納得がいかないことが、多々ありました。

もちろん、小さい頃から「疑問符」が頭の中に飛び交うことが結構あったんです。

でも、小学生ということもあり、あまり反抗してこなかったんですよね。

中学生になると、その都度、反抗するようになり、それが気に入らなかったみたい。

反抗するとわめき散らし、物を片っ端から顔面に投げつけられました。

一度、まぶただったか、目の際だったかを切ってしまったことがありました。

さすがに慌てて病院に連れて行かれ、実母が医師に怒られていたのを覚えています。

少しでもそれていたら、目を傷つけていました。

わたしは現在、小学生の息子、娘がいます。

年齢のわりに幼さがあり、よく激しいけんかをして、わたしが止めに入るのが毎日。

そんなとき、大声で怒ってしまうと…あ、うちの母と同じかもしれないと気づきます。

自分もああなのかもしれないと思うんですが、やはり激しく喧嘩しているとどうしてもわたしもヒートアップし、怒鳴ってしまう…。

いけないと思い、今は引いてみるようにしています。

これも放置になってしまうのか、過干渉なのか、わからなくなります。

何かあるたび、子供の頃の母を思い出し、わたしもエスカレートして子供にいつかケガをさせることをやるのではないかと思うのがイヤです。

改めて、ここで吐き出して自分を見直せて良かったかもしれません。

 

わたしの感覚も麻痺?親からものを投げつけられると嘆く友人に無反応

反抗するようになってから、殴られる、ものを投げつけられるのは当たり前になりつつありました。

そのため、部活の友人のひとりが母親にものを投げつけられたと嘆いても、無反応でした。

他の子たちは「すごいひどいこと」という括りだったようですが、うちでは当たり前まではいきませんが、「あるある、それ!」という感じでした。

この感覚、怖いですよね…。

他のことでも、何か未だに感覚がずれているかもしれないと思うと怖いです。

 

母親のヒステリーに辟易!高校の頃からお金を無心するように

わたしの実母は毒親!ヒステリーを起こし高校の頃からお金を無心するように

中学生まではよかったです。

法的にアルバイトができなかったんですから。

しかし、高校生になれば、アルバイトができるようになります。

実母はおそらく、これを狙っていたのでしょう。

ただ、小さい頃、体が弱く、入退院を繰り返していたので、その分、お金を取り戻したかったのかもしれません。

ただ、入院費は叔母が出してくれていたと思います。

だって、実母には全然お金がなかったし、仕事もあまりしていなかったから。

今は叔母が亡くなっているのでわかりませんが。

それでも、叔母にはいろいろしてもらっていたので感謝しかありません。

 

高校生になってアルバイトスタート→バイト代を取り上げられる

高校生になったらアルバイトをするというのは考えていました。

もちろん、アルバイトしたお金を少しは家に入れなくちゃいけないんだろうなと思った覚えはあります。

うちの高校は基本的にアルバイト禁止。

そのため、高校に申請する必要があり、家庭の事情ということで、許可がおりました。

しかもアルバイト先は母が決めてしまいました。

そして、アルバイトの賃金は最低賃金以下。

たぶん、今だったら法的に引っかかると思います。

ちなみに当時のアルバイト代は時給550円。

ちょっと考えられませんよね?

当時の最低賃金は確か、650円くらいだったかと思います。

100円の差は大きい…。

かなりもったいないなあと今でも思っています。

話はそれましたが、なぜ、知り合いの店に決めてしまったのかというと…

 

  • 知り合いの店ということで都合が付けやすい。
  • 自分もおこぼれで仕事がもらえそうだということ。

 

もあり、決めたようです。

でも、わたしが働くのに…と思いつつ、我慢しました。

今考えるとどうしてなのか、わかりません。 洗脳に近いものがあるのかもしれませんが、言えなかったわたしも悪いのかなと反省。

それでも、当時は言い出せなかったです。

 

給料は1/3入れるという話からいつの間にか半分に変わる

アルバイトを始めたときは給料の⅓の給料を家に入れればいいと言われてました。

良かった、手元に残る!と思いました。

当時、週一回だけ、家庭教師に来てもらっていたので、その分を自分で払う+少し家に入れる感じかなと思いました。

でも、働き始めてすぐ、金額が変わりました。

「半分入れろ」と言われました。

時給が安いのに半分も入れたら…手元に残るのがかなり少なくなると思いました。

で、当時、話が違うと怒ったんですが、案の定、実母に切れられ、ヒステリーを起こされました…。

わかっていたことですが、結局、半分家にお金を入れることになったんです。

そう考えて、学校帰りに閉店まで、土日も開店から閉店まで休みなく働いていました。

トータルで9時間なので、まあ、時給が安くてもそこそこ稼げましたが。

ただ、今思うとおかしいんですよ。

休みなく働いていて、遊ぶ時間もなくて、通帳もなくて、手元にお金がほとんどなかったんです。

※当時の給料は現金払いでした。

ここだけ、ぽっかり記憶が抜け落ちてます。

もしかしたら、わたしの財布からお金取られていたかな…という疑いもあります。

だって、夏休みは定休日がなかったので、休まず、開店から閉店まで働きづめでしたから。

安い時給でも10万はいきました。

半分でも、5万。

どこにいったんでしょうかね?

もちろん、たまーにコンサートに行くことがありましたが、それでも、それ以外お金を使うことがなかった。

だって、テストのとき以外は毎日バイトで遅くまで働いていたから。

そこまで疑う理由は大人になっても、お金の無心をされ続けていたからです。

 

毒親にきた仕事が納品されない!クレームがわたしに

思った通りの流れで、毒親にも仕事が流れてきました。

得意分野だったこと、家出できることなので、フリーランスは毒親にとって、最適だったのでしょう。

ただ、会社に行って仕事をするわけではないので、かなりルーズにできるんです。

で、毒親の性格がめちゃくちゃルーズなので、当然、納期を守らないということが頻繁でした。

当然、クレームの窓口はわたし。

「どうなってるのよ!?」と言われるんです。

これ、当然なんですよね。

当時、仕事を請け負うとき、先払いしてもらっていたらしいんです。

お金を先払いしてもらったのに、仕事をしない。

当然、怒りますよね…。

わたしの親ということで、やはりこちらにクレームが来ちゃうんですよね。

で、わたしが謝る、実母に話す、実母が切れてヒステリーを起こす、やっと仕事をするという流れが多々ありました。

なぜ切れるのか全く理解できませんでしたが。

子供に言われるのが嫌だったのかな…とも思います。

もちろん、わたしが気づいたときは前もって「早めにやってくれ」と話していました。

これって、高校生のわたしがいうことじゃないよね?

母親が言うことだよね?と思いました。

でも、これでよかったところがあります。

 

  • ルーズな性格にならなかった!
  • 真面目になった。
  • 金銭に対して厳しくなった。
  • 時間を含め、約束は守ることが大事と思えた。

 

※年のせいかちょっと忘れっぽくなってしまいましたが…。

反面教師ハンパないですね。

 

中・高校生では母親のヒステリーで疲れました

わたしの実母は毒親。中・高校生編ではヒステリーで疲れました

学生時代は母親のヒステリーに辟易していました。

女性はヒステリックになりがちですが、子供にまでこんなにもヒステリーをさらけ出すのかとゾッとするほどの経験をしています。

世の中にはもっとひどい人もいると思いますが、子供にとってはとんでもないことです。

今、母親のヒステリーのことを記事にしていて、自分もあれ、ヒステリーだったかな?と振り返り、気をつけなくてはと思いました。

反面教師として、いい経験をしたのかもしれません。

今だから言えることですが。

今幸せだから言えることですが。

ヒステリーな母親を持っている方は、早く親から離れて幸せをつかみ取ってくださいね。

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